大学を出て、王宮に到着し、二人は時計室に入った。
フロラは、「ただいま」とつぶやいて、歯車たちを見上げる。
これは、フロラの父、カールラシェル教授の最後の作品。
フロラと父との絆。
十年の苦難を乗り越えさせた約束。
フロラは、父がそこに宿っているかのように歯車を見つめた後、王子の方を向いた。
「ありがとうございます王子。この部屋のことを、わたくしにまかせてくださって」
王子は首を振る。
「ううん。こちらこそありがとう。あなたがいれば、とても心強い。私にも教えてもらえれば、フロラが忙しい時には代わりができるんだけれど」
「そんな。いいのです。父のしたことですし。それに、ここに来るのが楽しみなのです。父に会えるようで」
フロラは、一日に一度は必ずここに来る。時計室の調整を行うために。
「でも、そのうちに、そんなに頻繁に調整を行う必要はなくなります。方法もずっと簡易になるでしょう。十年の間に、大学で研究が進んでいましたから」
フロラの言葉の後ろには、きっと、こういう言葉が続く。
そうしたら、お別れですね。
聞きたくない。
調整の仕方を教わることを、そこまで強く希望しないのも、できるだけそばにいたいからだった。本当は、教授のからくりに触れたかったけれど。
王子は、話題を変えようと思った。
何か、他に、話すことはないか?
何でもいい、とにかく話をそらさなければ。
そこで、王子は思い出した。
「あ……そうだ。兄から頼まれ物があったんだ」
本当に今の今まで忘れていた。研究室にいたときまでは覚えていたが、令嬢の襲来によって、そんな平和なことづては頭から吹き飛んでしまった。
ファウナ王子は、フロラにここで待っているように言うと、時計室を出た。
が。
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