「ケーキをありがとう。息子が自立してしまったわ」
真正面に現われた美女が、そう言った。
当直で出勤していた医師は眉を上げる。
「弟を養子に出したおぼえはないんだが」
今日は日曜。午前の診察室には患者の姿はまるでいない。白い部屋には医師と助手の二人がいた。戸棚の整理をしていた助手は、魔法使いの出現にもさして驚きはせずに、自分の仕事を続ける。
医師は意地悪く笑った。
「とうとう愛想をつかされた訳だな」
いつもなら冷笑を浮かべる魔法使いは、ただうなずくだけだった。
「たくましくなるように焚きつけたのは私だけれど、ちょっと寂しいわね」
「クリスティーナ?」
初めて見る魔法使いの浮かない表情に、医師は椅子から立ち上がった。
こわれものを扱うように、とまどいながら、そっとたずねる。
「も、もしかして、なぐさめて欲しいのか?」
魔法使いは、拗ねたように顔を背ける。
「どうかしらね」
そうなのかそうでないのか、どっちなのかわからない。
医師は、困惑する。
「では……私に嫌がらせをして、憂さを晴らそうとしているとか?」
クリスティーナは顔を背けたまま、吐息混じりに言う。
「そうかもね」
真意が知れない。
医師は、当惑した。こんな彼女は初めて見る。
まるで、傷ついた普通の女のようだ。
「クリスティーナ……」
医師は、消沈している彼女を引き寄せるべく、手を伸ばした。
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